
大阪・中之島の堂島川沿いに立つダイビル本館。赤茶色の煉瓦壁、石造りの円柱とレリーフ、中央玄関の半円アーチ、その上で翼を広げる「鷲と少女の像」が、ガラスと金属の高層ビルが並ぶ水辺に濃い陰影をつくっています。
初めて外観を見れば、大正時代の建物がそのまま残っているように感じるかもしれません。しかし現在のダイビル本館は、2013年に完成した地上22階・地下2階のオフィスビルです。1925年に竣工した旧大阪ビルヂングは2009年に解体され、旧館の煉瓦、テラコッタ、石材彫刻などを取り外して、新しい建物の低層部へ復元・再利用しました。
つまりダイビル本館は、古い建物が丸ごと現存する近代建築ではありません。一方で、外観だけを似せた新築でもありません。90年近く風雨にさらされた本物の材料を選別し、洗浄し、強度を調べ、もう一度積み直した建物です。
今回はダイビル本館の歴史を、1925年の旧館と2013年の現建物に分けて紹介します。渡辺節の設計、耐震構造、国産テラコッタ、「鷲と少女の像」、約18万個の煉瓦を再利用した建て替えまで、中之島の水辺に受け継がれたものを見ていきましょう。
| ダイビル本館の基本情報 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪市北区中之島3-6-32 |
| 旧館の名称 | 大阪ビルヂング、のちにダイビル本館 |
| 旧館 | 1925年竣工、2009年解体。鉄筋コンクリート造、地上8階・地下1階 |
| 旧館の設計 | 渡辺節建築事務所 |
| 現建物 | 2013年2月竣工。地上22階・地下2階 |
| 現建物の設計・施工 | 日建設計/大林組 |
| 主な見どころ | スクラッチレンガ、テラコッタ、黄竜山石のレリーフ、「鷲と少女の像」、エントランスホール |
| 最寄り駅 | 京阪中之島線・渡辺橋駅から徒歩約1分、Osaka Metro四つ橋線・肥後橋駅から徒歩約6分 |
ダイビル本館はどこにある?堂島川に面した中之島の西側
ダイビル本館があるのは、中之島の西寄り、中之島3丁目です。建物の北側には堂島川が流れ、対岸は堂島・福島方面。東には中之島フェスティバルタワー、西へ進むと大阪中之島美術館や国立国際美術館があります。
最も近い駅は京阪中之島線の渡辺橋駅です。駅から地上へ出ると、周囲には現代的な高層ビルが並びます。その中でダイビル本館の足元だけが赤茶色の煉瓦と石材で包まれ、高層部との間に約90年の時間差が見えるようです。
堂島川側から眺めると、低層部の復元された外観と、背後に立ち上がる現代のオフィス部分を一度に見られます。中之島には明治から現代までの建物が東西に点在しているため、ダイビル本館だけでなく周囲まで歩くと時代の違いがよくわかります。中之島全体の建築を見渡す場合は、大阪・中之島の名建築巡りも参考にしてください。
旧ダイビル本館の歴史|1925年、「大大阪」に生まれた大阪ビルヂング
ダイビルの始まりは1923年です。大阪商船、宇治川電気、日本電力の三社が共同出資し、株式会社大阪ビルヂングを設立しました。都市へ企業が集まる時代を見据え、本格的な貸しオフィスビルを大阪につくることが目的でした。
建設地となったのは、当時の大阪市北区宗是町、現在の中之島です。江戸時代の中之島には各藩の蔵屋敷が集まり、近代になると行政、金融、企業の本社、文化施設が立地する都市の中心へ変わっていきました。水運の拠点だった土地に、大規模なオフィスビルが建つことになります。
旧館は1924年に着工し、1925年9月17日に完成。10月1日に「大阪ビルヂング」として開業しました。地上8階・地下1階、軒高約31メートル、延床面積は約3万2231平方メートル。当時、西日本最大級のオフィスビルでした。
大きさだけではありません。大阪商船、宇治川電気、日本電力のほか、金融機関や英国領事館などが入居しました。館内には事務所だけでなく、社交室、読書室、特別室、娯楽室、食堂、ビリヤード室、理髪店なども設けられたといいます。働く場所に食事、交流、身だしなみの機能まで入り、建物の中に小さな街があるような構成でした。
最上階には、在館者の社交場「大ビル倶楽部」が置かれました。企業の事務所を積み上げただけでなく、関西財界の人々が集まり、食事や会合を行う場所まで備えていたことが、旧大阪ビルヂングの先進性を物語ります。
渡辺節と村野藤吾|合理的なオフィスに彫刻を重ねた設計
旧大阪ビルヂングを設計したのは渡辺節建築事務所です。渡辺節は、実用性と経済性が求められるオフィスビルに、石材、テラコッタ、彫刻を組み合わせ、企業の顔となる建築を数多く手がけました。
後に日本を代表する建築家となる村野藤吾も、渡辺節の事務所で製図主任としてダイビル本館に関わっています。ただし、旧館全体を「村野藤吾設計」とするのは正確ではありません。設計者は渡辺節建築事務所であり、村野はその組織の中で設計実務に携わったと整理するのがよいでしょう。
外観は、オリエント風の味わいを加えたネオロマネスクと説明されています。壁面全体は大きく整然とまとめながら、中央玄関、1階の柱、窓まわりなど、人の視線が近づく場所に彫刻を集中させています。遠くから見ると巨大なオフィスビル、足元へ近づくと石や焼き物の細部が現れる。この二段構えが旧館の魅力でした。
関東大震災を教訓にした耐震・耐火構造
大阪ビルヂングの計画が進んでいた1923年9月、関東大震災が発生しました。東京・横浜の建物が大きな被害を受けたことを受け、旧館では耐震性と耐火性が重視されます。
構造計算を担当したのは、耐震構造の研究で知られる内藤多仲です。建物は鉄筋コンクリート造とし、内部の主要壁体を強固な耐震壁にしました。渡辺節は、大阪で最初の耐震構造を持つ建築物であると説明しています。
現在から見れば、耐震性能は法令や技術の進歩によって更新され続けています。しかし1920年代の段階で、大規模な貸しビルに耐震・耐火を組み込み、長期間使う都市施設として計画したことは重要です。豪華な装飾の裏側に、安全性と合理性を追求する設計がありました。
ダイビル本館の外観|煉瓦、テラコッタ、黄竜山石を見る
ダイビル本館の低層部を見ると、最初に赤茶色のスクラッチレンガが目に入ります。表面に筋状の凹凸があり、光の角度によって壁の色が少しずつ変わります。均一な新建材とは違う色むらや傷が、旧館で使われていた時間を伝えます。
旧館では、国産材料を積極的に使う方針が取られました。外装のテラコッタは大阪陶業、レンガは大阪窯業の製品です。ダイビルの資料では、ここで使われたものが国産テラコッタの始まりとされています。西洋建築の意匠を輸入材だけでつくるのではなく、国内の窯業技術で実現しようとした建物でした。
北側の正面玄関付近では、円柱と角柱、その周囲に彫られた石材レリーフに注目したいところです。使用されているのは、兵庫県播州産の黄竜山石。やわらかな色の凝灰岩に、植物や人物を思わせる彫刻が深く刻まれています。旧館建設後、黄竜山石は大阪の近代建築を特徴づける材料の一つとして使われるようになりました。
煉瓦の壁だけを撮って通り過ぎるより、柱頭、梁のように見える帯状部分、窓のアーチ、石と煉瓦の境目を順番に見ると、装飾が人の歩く高さに集められていることがわかります。高層部の現代的な外観との対比も、現在のダイビル本館ならではの景色です。
「鷲と少女の像」|三羽の鷲が支える都市の彫刻
正面玄関の半円アーチ上部には、「鷲と少女の像」が置かれています。作者は大阪生まれの彫刻家・大国貞蔵。古代風の長衣をまとった少女が右手を斜め上へ掲げ、その下で三羽の鷲が左右に翼を広げています。
像は単独の彫刻として置かれているのではありません。1階の石材装飾は横方向に高さをそろえ、中央玄関のアーチだけを一段高くし、その頂部へ像を載せています。少女と鷲が建物正面の中心を示し、巨大な壁面を引き締める構成です。
材料は周囲の彫刻と同じ黄竜山石。旧館の解体時に取り外され、2013年に現在の正面玄関へ再設置されました。2015年には、近代大阪を彩る都市芸術として大阪市指定有形文化財になっています。
作品名から物語を想像したくなりますが、大国が込めた主題は明確にはわかっていません。意味を決めつけるより、鋭い鷲の目や爪、少女の衣のひだ、指さす方向を近くで見て、建築と彫刻が一つの正面をつくる様子を味わいたい作品です。
2009年の解体と2013年の再建|旧館はそのまま現存していない
旧ダイビル本館は1925年の開業から長く使われましたが、2009年に解体されました。現在の建物は旧館を増築・改修したものではなく、新たに建設された二代目のダイビル本館です。
設計・監理は日建設計、施工は大林組。2013年2月に竣工しました。地上22階・地下2階、延床面積は約4万8198平方メートル。事務所、店舗、駐車場を備えた現代の高層オフィスビルです。
それでも古い外観が残って見えるのは、旧館の材料を低層部へ戻したからです。保存の方法としては、建物全体を残す方法、外壁だけを残して内部を更新する方法、部材を新築へ再利用する方法などがあります。ダイビル本館が選んだのは、旧館を解体したうえで本物の材料を回収し、外観と設計思想を新しい建物へ組み直す方法でした。
この違いは大切です。「1925年のダイビル本館がそのまま現存する」と書けば、現在の構造まで旧館だと誤解されます。反対に「昔風につくった新しいビル」とだけ説明すれば、再利用された煉瓦や彫刻が過ごした時間を無視することになります。現在のダイビル本館は、新築と保存の間にある建築です。
約18万個の煉瓦を外し、洗い、試験して積み直す
建て替えで大きな課題となったのが、旧館の煉瓦を本当に再利用できるかという問題でした。約90年間使われた煉瓦を壁から外せるのか。強度は足りるのか。水を吸いすぎないか。寒さによる劣化に耐えられるか。施工前には劣化調査、圧縮強度、吸水率、耐凍害性などの試験が行われました。
旧館から取り外した煉瓦は約18万個。すべてをばらばらにし、付着した目地モルタルを除去し、中圧洗浄を行いました。取り外しだけで約2カ月を要したといいます。試験の結果、その多くは現代のJIS規格から見ても問題のない品質を保っていました。
再使用では、古い煉瓦を構造体として積むのではなく、中空積みの技術を用いて外装へ組み込みました。ダイビルの竣工時資料によると、北面と西面の煉瓦は95%以上が旧館からの再利用材です。近づいて見える色むらは、古びたように加工した模様ではなく、旧館の壁を構成していた煉瓦そのものが持つ表情です。
石材レリーフとエントランスに残る旧館の材料
石材レリーフも、煉瓦と同じように再利用されました。彫刻を躯体ごと切り出し、洗浄と点検を行って新しい低層部へ取り付けています。劣化が激しく再利用できない部分は、旧館と同じ兵庫県播州産の石を用い、新旧の風合いが離れすぎないようエイジング加工を施して復元しました。
石柱の足元は、1961年の室戸台風による大阪の浸水後、道路整備に伴って意匠が変わっていました。現在の建て替えでは、旧館が1925年に完成した当初のデザインを再現しています。単に解体直前の姿へ戻すのではなく、どの時代の外観を継承するかを調べたうえで復元したのです。
建物内部にも旧館の記憶があります。エントランスホールでは床タイル、郵便ポスト、手摺などを再利用し、旧館の天井や照明の雰囲気を取り込んでいます。1階の「ダイビルサロン1923」は、かつての大ビル倶楽部を思わせる空間として設けられ、装飾品や調度品、ダイビルと中之島の歴史を伝える展示があります。
ダイビル本館は現役のオフィスビルです。共用部やサロンを訪ねる場合は、テナントの業務や館内ルールを妨げず、現地の案内に従ってください。外観だけでも、煉瓦、石柱、彫刻を十分に見ることができます。
ダイビル本館の見どころを歩く順番
建物を一周できる範囲で、見る順番を決めておくと旧館から受け継いだ部分がつかみやすくなります。
| 順番 | 見る場所 | 注目したいもの |
|---|---|---|
| 1 | 堂島川側の北面 | 旧館を復元した低層部と現代的な高層部の対比 |
| 2 | 正面玄関 | 半円アーチ、「鷲と少女の像」 |
| 3 | 円柱・角柱 | 黄竜山石、ギリシャ風の石材レリーフ |
| 4 | 煉瓦壁 | スクラッチ状の表面、古い煉瓦の色むら |
| 5 | エントランス周辺 | 床タイル、手摺、郵便ポストなど旧館の記憶 |
| 6 | 中之島 四季の丘 | 煉瓦敷きの遊歩道、堂島川側への回遊路 |
建物正面だけでなく、少し離れた堂島川側から全体を見るのがおすすめです。低層部が旧館の高さとリズムを伝え、その後ろから高層部が立ち上がります。材料の保存とオフィス床の確保を、上下に分けて両立した構成がわかります。
渡辺橋からダイビル本館を巡る中之島散歩
短い散歩なら、渡辺橋駅からダイビル本館へ向かい、堂島川沿いを歩くルートが便利です。建物の北面と正面玄関を見た後、「中之島 四季の丘」の遊歩道へ。そこから東へ進めば、渡辺橋、大江橋、大阪市役所、日本銀行大阪支店へつながります。
大江橋は1935年完成の鉄骨鉄筋コンクリート造アーチ橋で、淀屋橋と一組で国の重要文化財に指定されています。ダイビル本館の煉瓦と彫刻が建築の保存継承を考えさせるのに対し、大江橋は現役の土木構造物を補修しながら使う例です。二つを続けて見る場合は、大江橋の歴史と意匠を歩く記事も参考になります。
さらに東へ歩くと、大阪府立中之島図書館、大阪市中央公会堂があります。1904年開館の図書館、1918年竣工の公会堂、1925年竣工の旧大阪ビルヂングと年代順に見ると、中之島に公共建築から大規模オフィスまでそろっていった流れが見えてきます。大阪市中央公会堂を歩いた記事では、赤煉瓦と白い石の帯、ドーム状の屋根を持つ大正建築を詳しく紹介しています。
南へ土佐堀川を渡れば、金融街の北浜へつなぐこともできます。旧大阪ビルヂングが大規模貸しオフィスの先駆けだったのに対し、北浜には銀行、取引所、商社などに使われた建物が残ります。用途の違う近代建築を比べたい場合は、北浜のレトロ建築散歩もあわせてどうぞ。
ダイビル本館についてよくある質問
ダイビル本館はいつ建てられた?
現在のダイビル本館は2013年2月竣工です。その前身となる旧大阪ビルヂングは1925年に完成し、2009年に解体されました。現在の低層部には、旧館の煉瓦、テラコッタ、石材レリーフなどが再利用されています。
1925年の建物がそのまま残っている?
建物全体がそのまま残っているわけではありません。旧館を解体し、回収した材料を試験・洗浄して、2013年完成の新しい建物へ再利用しています。外観の復元と部材の保存を組み合わせた建て替えです。
ダイビル本館の設計者は誰?
旧館は渡辺節建築事務所の設計です。村野藤吾も同事務所の製図主任として関わりました。現在の建物は日建設計が設計・監理し、大林組が施工しています。
「鷲と少女の像」は新しく作り直したもの?
旧館の正面玄関にあった大国貞蔵の彫刻を取り外し、現在の建物へ再設置したものです。1925年制作の作品で、2015年に大阪市指定有形文化財となりました。
ダイビル本館は見学できる?
現役のオフィスビルで、博物館のような自由見学施設ではありません。外観や公開された動線から建築を鑑賞し、館内では現地表示と管理者の案内に従ってください。店舗の営業や共用部の利用条件は、訪問前に公式情報で確認するのが確実です。
まとめ
ダイビル本館は、1925年に完成した旧大阪ビルヂングを起点とする中之島の名建築です。渡辺節建築事務所が設計した旧館は、西日本最大級の貸しオフィスとして、耐震・耐火構造、社交施設、国産材料を採り入れました。
現在の建物は2013年完成の二代目です。旧館はそのまま現存していません。それでも約18万個の煉瓦、テラコッタ、黄竜山石のレリーフ、「鷲と少女の像」、床タイルや手摺などが新しい建物へ受け継がれました。
正面玄関で彫刻を見上げ、煉瓦の色むらを近くで見て、堂島川側から高層部まで眺める。三つの距離で建物を見ると、保存とは形だけを似せることではなく、材料、技術、使われ方を次の時代へ渡す仕事でもあることが伝わってきます。
※館内利用、店舗営業、通行経路などは変更される場合があります。訪問前にダイビル本館および各施設の最新案内をご確認ください。
