
大阪の中心部を流れる堂島川と土佐堀川。その二つの川に挟まれた中之島には、仕事の街の表情とは少し違う、時間の層が深い景色が残っている。高層ビルや橋の向こうに、赤煉瓦の大阪市中央公会堂が見え、そのすぐ西隣には、まるで古代神殿のような正面玄関を持つ建物が立つ。大阪府立中之島図書館である。
「大阪府立中之島図書館ってどういうところ?」と聞かれたら、まずは今も使われ続けている国指定重要文化財の図書館、と答えたい。ただし、それだけではこの建物のおもしろさを言い切れない。明治の大阪が持っていた勢い、民間の寄付によって公共の場所が育てられた歴史、そして本を読む人のために考えられた光と階段の美しさ。そのすべてが、一つの建物の中に残っている。
本を借りる目的がなくても、近代建築が好きな人、静かな街歩きが好きな人には、ぜひ立ち寄ってほしい場所だ。中之島を歩く途中で少し足を止めるだけで、大阪の街が積み重ねてきた時間が見えてくる。
大阪府立中之島図書館とは
大阪府立中之島図書館は、大阪市北区中之島にある府立図書館である。大阪市中央公会堂のすぐ西隣に位置し、堂島川と土佐堀川に囲まれた中之島の景観を形づくる大切な建物の一つだ。明治37年、1904年に開館し、長い年月を経た現在も図書館として利用されている。
国指定の重要文化財でありながら、建物だけを保存している博物館ではない。ビジネスに関する専門資料や大阪に関する資料を扱い、調べものをする人が日々出入りしている。観光のための建築ではなく、現役の公共施設として静かに息をしているところに、この建物の魅力がある。
中之島には美術館、音楽ホール、近代建築、川沿いの遊歩道が集まっている。その中でも大阪府立中之島図書館は、華やかな観光名所というより、少し背筋を伸ばして入ってみたくなる場所だ。外から眺めるだけでも十分に美しいが、扉の向こうにある空間まで味わってこそ、この建物を歩いた実感が残る。
住友家の寄付から始まった、みんなのための図書館
大阪府立中之島図書館の成り立ちには、住友家第15代当主、住友吉左衛門友純の寄付がある。欧米を視察した友純は、富豪たちが公共施設や教育、文化のために私財を寄付する姿に感銘を受けたという。そこで大阪にも、多くの人が利用できる立派な府立図書館をつくろうと考え、建物と図書購入のための資金を寄付した。
大阪市中央公会堂も、岩本栄之助の大きな寄付から生まれた建物である。中之島を歩くと、明治から大正にかけての大阪では、商人や実業家が街に公共の場所を残そうとしていたことに気づく。自分のためだけの豪邸や記念碑ではなく、学ぶ人、集まる人、文化に触れる人のための建物をつくった。その気概が、中之島の景色に今も残っている。
図書館は明治37年に開館し、設計は住友本店臨時建築部の野口孫市と日高胖が手がけた。その後、大正11年、1922年には、同じく住友家の寄付によって左右の両翼が増築された。現在の建物を眺めると、堂々とした正面だけでなく、横に広がる構えにも重みがある。長い時間をかけて使われ、育てられてきた建築なのだと感じられる。
古代神殿のような正面玄関を眺める
大阪府立中之島図書館の前に立ってまず目に入るのは、正面玄関に並ぶ大きな円柱である。柱の上部には、アカンサスの葉をモチーフにした装飾があり、これはコリント式のオーダーと呼ばれるものだ。その上には三角形の破風、ペディメントが重なる。新古典主義の建築らしく、古代ギリシャやローマの神殿を思わせる、整然として力強い外観になっている。
近くの大阪市中央公会堂が赤煉瓦と白い石の帯で華やかな表情を見せるのに対して、中之島図書館は石の重厚感が前に出る。二つの建物はすぐ隣にあるのに、印象はかなり違う。中央公会堂が人の集まりや祝祭のための建築に見えるなら、中之島図書館は知識を蓄え、静かに人を迎えるための建築に見える。この対比を味わえることが、中之島散策のぜいたくだと思う。
玄関の上には、「大阪図書館」という文字が刻まれている。これは竣工当時の施設名である。何気ない刻銘だが、百年以上前の大阪で、この場所がすでに人々に開かれた図書館だったことを伝えてくれる。大階段の両脇にある照明柱も含め、正面の景色は写真に収めたくなる。ただ、写真を撮ったあとに少し離れて眺めると、柱の太さや階段の広がり、周囲の川と街路の空気まで感じられてよい。
中央ホールに落ちる、やわらかな光
建物の中へ入ると、外観の重厚さとはまた違う空間が待っている。見どころは、吹き抜けになった円形の中央ホールだ。教会やドーム建築を思わせる空間の頂部には、ステンドグラスを配したドームがある。そこから差し込む自然光は、図書館の静けさによく似合う。派手に光るのではなく、室内の空気をやわらかく明るくしている。
天井だけを見上げるのではなく、少し歩いて視線を変えてみたい。ドーム屋根と三階のギャラリーの間の壁面には、東西の偉人八名の名前が刻まれている。菅原道真、孔子、ソクラテス、アリストテレス、シェイクスピア、ゲーテ、カント、ダーウィン。学問や思想、文学、科学を象徴する人々の名が並ぶ様子は、図書館という場所の役割を静かに語っているように見える。
この八名の並びには、明治期の日本が西洋の知識を吸収しながら、自国の学問や文化も大切にしようとしていた雰囲気が感じられる。建築の様式は西洋の新古典主義を基調にしているが、そこに刻まれた名前には東洋と西洋が並んでいる。建物を見るときは、柱やドームの形だけでなく、こうした言葉にも目を向けると散歩が深くなる。
木製の大階段と「野性」「智性」の神像
中央ホールで特に印象に残るのが、左右へと末広がりに伸びる木製の大階段だ。階段はただ上階へ行くための通路ではなく、この建物の景観そのものになっている。曲線を描く手すりと木の色合いには、長い年月を経た建築だけが持つ落ち着きがある。
階段の周囲には、イオニア式の円柱で支えられた回廊ギャラリーがある。正面玄関のコリント式円柱とは異なる、少しやわらかな印象の柱だ。外観から内部まで、さまざまな古典建築の要素が取り入れられているが、見せびらかすような感じはない。利用者が本を探し、調べものをし、階段を上り下りする毎日の動きの中に、建築の美しさが自然に溶け込んでいる。
大階段の両脇には、彫刻家・新海竹太郎が手がけた神像が置かれている。「野性」と「智性」を表す二体である。図書館に「智性」の像があることはわかりやすいが、そこに「野性」も対になるように置かれているのがおもしろい。知識だけではなく、人間が持つ根源的な力も含めて考える。そんな空間の奥行きを感じさせる。
階段正面の壁には、住友吉左衛門の寄付に際しての思いを刻んだ銅銘板がある。建築を見ていると、どうしても柱や天井に目が向きやすい。しかし、この銘板に立ち止まると、この図書館が誰かの善意と、街に対する願いから始まったことを思い出せる。中之島図書館を歩くなら、細部の装飾と同じくらい、こうした言葉の痕跡も見逃したくない。
大阪市中央公会堂とあわせて歩きたい
大阪府立中之島図書館を訪れるなら、隣の大阪市中央公会堂もあわせて眺めたい。中央公会堂は大正7年、1918年に完成した赤煉瓦の近代建築で、講演会やコンサートなど、今も文化と市民の集いの場として使われている。一方、中之島図書館は明治37年開館。少し早い時代に生まれた建物であり、街の知の拠点として役割を果たしてきた。
二つの重要文化財を続けて見ると、単に「古い建物が二つ並んでいる」という以上のものが見えてくる。寄付をもとに、市民のための公共施設がつくられ、時代を越えて使われ続けてきたという共通した物語だ。赤煉瓦の公会堂と石造りの図書館。華やかな大集会室と静かな閲覧空間。違いの中にある共通点を探しながら歩くと、中之島の散策はぐっと豊かになる。
川沿いを歩けば、水都大阪らしい開放感も楽しめる。橋を渡る人、自転車で通り過ぎる人、仕事の合間にベンチで休む人。その日常の風景の中に、明治と大正の建築が自然に溶け込んでいる。昔の建物が特別な観光施設として隔離されず、今の大阪の生活のすぐそばにある。この距離感こそが、中之島らしさなのかもしれない。
本を読まなくても、建築を読むように歩く
図書館に入るとき、「利用目的がないと入りにくい」と感じる人もいるかもしれない。もちろん館内では利用者の迷惑にならないよう静かに過ごす必要があり、利用案内や撮影に関するルールも事前に確認したい。それでも、建物に敬意を払いながら歩けば、大阪府立中之島図書館は建築散歩の楽しさを十分に教えてくれる。
正面の柱を見上げ、玄関上の文字を読む。中央ホールの光を眺め、階段の曲線を追い、壁に刻まれた偉人たちの名前を探す。こうして一つずつ見ていくと、建物は大きな本のように感じられる。外観が表紙で、玄関が扉、ホールや階段がページであり、細部の装飾や銘板が文章になる。急いで通り過ぎるよりも、少しゆっくり読むように歩くのが似合う場所だ。
昭和レトロな商店街や駅前を歩く散歩とは、また違った味わいがある。生活の匂いが濃い路地ではないが、大阪の近代化を支えた人々の理想や誇りが、石と木と光の中に残っている。街歩きの途中で、少しだけ時代の背筋を伸ばしたいときに訪れたい。
中之島に残る、知と公共のための建築
大阪府立中之島図書館は、明治37年に開館した国指定重要文化財の公立図書館である。住友吉左衛門友純の寄付をきっかけに生まれ、古代神殿を思わせるコリント式円柱、ドームから光が落ちる中央ホール、曲線が美しい木製大階段など、多くの建築的な見どころを持つ。
けれど、この建物の魅力は豪華な意匠だけではない。百年以上前に、市民が学び、調べ、知識に触れるための場所としてつくられ、今も現役の図書館であり続けていることにある。大阪市中央公会堂と並んで立つ姿を見れば、中之島が大阪の文化と公共の心を受け継いできた場所だと実感できるはずだ。
中之島を散策する日は、川沿いの景色だけで満足せず、ぜひ大阪府立中之島図書館の扉の近くまで歩いてみてほしい。正面の柱を見上げ、建物の中に残る静かな光を感じる。その短い寄り道が、大阪という街を少し違う角度から見せてくれる。

